DX(デジタルトランスフォーメーション)という言葉が,ビジネス系メディアや政府の各種発表・白書の紙面を賑わすようになって久しい.本稿では,DXという概念の,意義・意味を,オリジナルの文献に遡って再確認し,なぜ多くのDXプロジェクトが失敗すると言われているのか,その要因を探ってみたい.さらにそれを受けて,印刷・出版業界がDXを成功させるにあたっての方向性についても考察する.

印刷産業にとってのDXの意義

印刷産業連合会の発表1によると,2019年の印刷産業の状況は,2000年を基準とすると,事業者数で51.5%,従業員数では63.9%,出荷額は61.4%と,長期低落傾向が止まらないのが現状である.

そんな中,デジタル技術を使って企業を変革し,新たなビジネス機会を創出するとされるDXが,現状を打破する概念として注目されるのは自然な流れではある.

経済産業省が2020年3月に発表した「印刷産業における取引環境実態調査」2では,964社のアンケートに基づき,現在の印刷産業の抱える問題を探っている.

その中で,回答した事業者の34%が「収益管理」に課題感を持っており,経営管理分野におけるデジタル技術の導入の遅れが伺われる一方で,規模の大小を問わず,顧客支援(マーケティング)・電子書籍/ウェブといったバリューチェーンの上流や下流領域に乗り出したり,旅行業界やイベント業界といった周縁領域にも手をのばすことで比較的高い収益を得ている事業者もあることがわかった.

印刷業界は,装置産業であり,ソフトウェア産業でもある.そして,デジタル化については長い歴史を持っている.さらに,後述するが,DXの重要な要素である「協業(アライアンス)」についても,元々経験値が高い.つまりDXについては,高い潜在的ポテンシャルを有していると考えられる.

実際,全日本印刷工業組合連合会(全印工連)では,2020年度「印刷DXプロジェクト」を立ち上げ,参加各社が各々の得意分野や生産情報を共有することで,生産性向上と付加価値増を実現するプラットフォームづくりを進めているという.3

DXとはなにか? なぜ注目されるのか

DXが日本でここまで注目されるに至ったのは,2018年9月,経済産業省が発表した「DXレポート~ITシステム『2025年の崖』の克服とDXの本格的な展開~」に端を発していると言われている4

同レポートは,IT専門調査会社のIDC Japanが提唱した,下記のDXの定義を踏まえて,日本企業のDXへの取り組みは遅れており,DX推進のためには,レガシー化した情報システムの更新が急務だとした.

企業が外部エコシステム(顧客,市場)の破壊的な変化に対応しつつ,内部エコシステム(組織,文化,従業員)の変革を牽引しながら,第3のプラットフォーム(クラウド,モビリティ,ビッグデータ/アナリティクス,ソーシャル技術)を利用して,新しい製品やサービス,新しいビジネス・モデルを通して,ネットとリアルの両面での顧客エクスペリエンスの変革を図ることで価値を創出し,競争上の優位性を確立すること

この定義では,DXとは企業の競争戦略であり,主にそれはIT投資によってなされる,という点が強調されている.そして,適切なIT投資がなければ,「2025年以降,年間最大12兆円の経済損失が生じる可能性がある」という警鐘を鳴らした.この点が,「2025年の崖」として,マスコミでもクローズアップされた.

(ただしこのレポートに先立ち,2018年7月に公開された『平成30年版情報通信白書5』でも,DXについては触れられており,そこでDXは,「ICTの浸透が人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させる」社会の変化として定義されている.情報通信白書では,令和元年版,令和3年版でもDXの定義に触れている)

経産省は,その後も「DX推進ガイドライン」「DX推進指標」など,DXの進展を側面支援する施策を次々と打ち出しており,2022年7月には,「DXレポート2.2」という最新のレポートが発表された.

発表時期 提唱・発表主体等 公開資料等
2018年9月 IDC/経産省 Japan IT Market 2018 Top 10 Predictions/DXレポート
2018年12月 経済産業省 DX推進ガイドライン(Ver.1.0)
2019年7月 経済産業省 DX 推進指標とそのガイダンス
2020年5月 経済産業省 改正情報処理促進法施行.DX認定制度など開始
2020年8月 経済産業省,東証,IPAなど 「DX銘柄」等を発表(以後毎年実施)
2020年12月 経済産業省 DXレポート2(中間取りまとめ)
2021年6月 IPA DX推進指標 自己診断結果 分析レポート(2020年版)
2021年8月 経済産業省 DXレポート2.1(DXレポート2追補版)
2022年7月 経済産業省 DXレポート2.2

図表1:DXをめぐる主な動向(経産省の動きを中心に各種資料から筆者作成)

DXの停滞

ところが,こうした経産省の意気込みにも関わらず,日本企業のDXの進捗は,期待された水準には至っていないとされている.

2020年12月の「DXレポート2」6においては,2019年に発表した「DX推進指標」に基づき,企業が実施した自己診断のアンケート結果を紹介しているが,2020年の状態を以下のように分析している.