4.3 書籍のデジタル化と今後の展開

本節では、書籍のデジタル化について解説する。

議論の前提として、まず「デジタル化」が何を意味するか、について整理し、次に「デジタル化」の過去と現在についてまとめ、最後に、「デジタル化」がもたらす未来について考えてみたい。

4.3.1. 書籍のデジタル化とは何か?

4.3.1.1. デジタル化の意味を考える

読者は、「(書籍の)デジタル化」という言葉を見て、読者はどんなことを思い浮かべるだろうか? 紙の本として売られていたコンテンツが電子書籍として提供されたり、あるいはそれらを購入して読んだりすること――これは確かに「デジタル化」の一種だ。しかし、それだけだろうか? デジタル化が進んでいるのは、コンテンツだけだろうか?

「デジタル化」という言葉の表面的な含意は、「デジタルでないものが、デジタルになる」ということだろう。こうした原点から考えると、書籍や、より広く出版の世界では、単にコンテンツがデジタルになる、というだけにはとどまらない変化が進行していることは明らかだ。

そもそも、現在、紙の本であっても、その制作プロセスのほとんどは、デジタル技術によって支えられている。

著者はワープロソフトやテキストエディタ、画像編集ソフトなどで原稿を執筆し、編集者はその原稿ファイルを電子メールやクラウドストレージで受け取り、原稿整理や校正を行う。印刷所はそうしたデジタルデータを元に製版・印刷をし、製本所が本を冊子の形に組み上げる……といった具合だ。

このプロセスの中で、完全にデジタル化されていないのは、わずかに最後の「印刷」「製本」だけであり、それすらも、デジタル製版、デジタル印刷、デジタル製本という形でデジタル化が急速に進んでいる。電子書籍については、それがデジタル技術の活用の成果であることは言うまでもない。

デジタル化が進むのは、こうした物理的なプロセスだけではない。ネット投稿やブログ、SNSを元にした書籍がベストセラーになり、TVドラマ化や映画化がされる……といった成功譚は、今ではよく見かける出版界の日常的風景となりつつある。

たとえば、2004年の「電車男」(新潮社)、2013年の「学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話(ビリギャル)」(KADOKAWA)などに始まり、現在では、「小説家になろう」等、小説投稿サイトの無数のWeb小説から、毎月のように商業デビュー作品が生まれている。ネットを巡回し、そうした有望な筆者や作品を見つけ出すことは、編集者の仕事のルーチーンになっている。つまり著者の発掘や育成も、「デジタル化」している。

宣伝、PRもまた、デジタル化の大波の中にある。著者自身がSNS、動画投稿サイトを通じて自著の宣伝をしたり、あるいは出版社や編集者がそうしたメディアを駆使することは、少しも珍しい話ではなくなっている。

また、販売方法においても、デジタル技術の高度化やモバイル高速ネットワークの普及により、激しい変化が見られる。発売前の本の一部、または全部をネットで公開したり、あるいは発売前の書籍の一部または全部をネット上で公開したり、あるいは、シリーズの一部を無料公開し、続きを読もうとするとペイウォール(課金を促す壁)が表示される有料サイトや、一定時間待つと先を読むことができる(課金するとすぐ読める)「待てば無料」という販売方法で成長するアプリもある。

そして読者もまた、デジタルなメディア環境の中に、首まで深くつかっている。たとえば、昨今、ニュースサイトやSNS、ブログや各種投稿サイトには、日々、大量のテキストが投稿、表示されており、たくさんの人に読まれている。これはほんの20年前には考えられなかったような事態だが、こうした現象も――それらを「書籍」や「雑誌」の「デジタル化」と直接関連付けられるかどうかは擱くとしても――一種の出版の「デジタル化」と捉えられることは間違いないだろう。

デジタル化は出版産業と、それ以外の産業の「融合」をも促進している。2019年、「小説を音楽にする」をコンセプトにデビューした音楽ユニット「YOASOBI」は、動画投稿サイトYouTubeを主舞台にファンを増やし、CDリリースのないまま2020年のチャート1位、紅白歌合戦出場を果たした。代表曲「夜にかける」は、投稿サイトの小説を下敷きとした楽曲で、紙の書籍や雑誌と違い、ウェブに常時掲載され続けるネット小説の特性を活かし、楽曲のヒットの下支えとなった。

もちろん、出版物がハブとなって、コンテンツを多メディア展開していく動きは、これまでも無数にあった(「クロスメディア・マーケティング」と呼ばれた)。しかし、書籍やCDといったパッケージなしにムーブメントを引き起こし、最後の結果としてパッケージが売り出された点が新しい。ほとんどの過程がネット(デジタル)で完結しているのだ。

小説の音楽の融合を目指すYOASOBIに対して、ゲームと小説の融合を果たしてきたのがノベルゲーム(ビジュアルノベル、テキストアドベンチャー)の世界である。こちらは、推理小説作家の夏樹静子を原作者として迎えた1988年の「DOME」以来、ゲーム界に確固たる地位を築き、映画、アニメ、音楽業界にも大きな影響を与えている。

こうして見ると、2020年代において、書籍というメディアが「生産」「製造」「消費」のあらゆる側面において一種の「デジタル化」を大規模なスケールで経験していることは確かだと思われる。

つまり、いまや「デジタル化」と無縁の書籍などはないのだ。